三九会談話室


カテゴリ:[ なんでもフリートーク ]


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[60] へラブナ釣りの楽しみ。

投稿者: 本田 哲郎  投稿日:2019年 2月 9日(土)11時08分25秒 202.79.8.14  通報   返信・引用   編集済

 本年最初の「新年のご挨拶」の書き込みがその後、2月になってもどなたも書き込みがなく、「棚ざらし」になっていますので、またもや、駄文を書きました。

 実はこの文章、小生が帰郷後、糖尿病でお世話になっている鹿児島市の糖尿病専門病院、天保山内科病院の病院・患者で組織する会報誌「松風」に寄稿した小生の「随想」の原稿をほぼ、そのまま転載しました。

 ここの鹿児島では「釣り」と言えば、ほとんどのファンはまずは「海釣り」であり、こちらでは「釣りは、魚を釣ってきて、それを料理して食べることである」との理解です。
へら釣りなどのように、「釣れればすぐリリースする釣り」とは、こちらではおよそ「変物」扱いされます。
帰郷後、ヘラ釣りを始めた頃は、「奇特な事をやる輩だ!」と 不思議がられました。
こちらではそれほど「ヘラ釣り」は釣り場も少ないし、釣り人も極端に少ないし、釣具店は多くありますが、まず「ヘラ釣り」の用具・用品などは一店も無く、少々の餌を置いてある店が一店あるだけです。
したがって、数少ないヘラ師は通常は餌や竿やその他の用品などはネットで購入せざる得ない「面倒さ」があるのです。 小生も上京の度には、関東の釣具店からこれらの用品やエサなどを買い込み、宅急便で送っている現状です。
 今日は関東在住時代からの趣味である、今の時期、難しい寒鮒の「ヘラ釣り」についての駄文をUPしました。こちらでのヘラ釣りは管理釣り場はなくて、すべて「野釣り」ですが、それだけに針に掛かった時は「引き」が強烈に強く、ヘラ釣りの醍醐味が味わえます。


(随想)     「ヘラブナ釣りの楽しみ」
                                      日置市   本田 哲郎
 初めての「松風」への投稿でありますので、自己紹介から申し述べます。
私の糖尿病歴は長く、はるか50歳ごろから発病して、それまで学生時代から約40数年関東地方に住み着き、出稼ぎ生活を続行していまして、あちらでも2回の「教育入院」をしましたが、当時は現役生活のためうまく療養できずに、当時の主治医の先生から転地療養を勧められ、思い切ってふるさと鹿児島に帰郷しました。
最初は地元の同期生の内科医がいましたので、彼に診てもらっていましたが、彼が逝去したことで、ある方の紹介で平成17年以後橋口先生を知り、以後、大変お世話になっています。
糖尿病歴30数年の猛者で、ここ天保山内科にも何回も入院させていただいている輩です。

 今日は、小生の趣味について書いてみます。
学生時代から身体も大きく、運動も好きで、特に野球、バレーボール、陸上競技など元々アウトドア派でありましたので、社会人になってからもゴルフとかヘラブナ釣りなどに凝っていました。 帰郷後も、糖尿病だけの時は、故郷が歴史豊かな土地柄であり、鹿児島国際大学の三木先生に「鹿児島県の歴史」講座を2年間聴講しながら、地元の歴史ボランティア団体の役員などに勤めました。今は地元史蹟の「語り部」として、戦国武将人気となっている島津一族のことなどの解説などをしております。
 その後、糖尿病のほかに、脊柱管狭窄症 (平成28年手術)、前立腺肥大症(平成30年手術)や狭心症(経過観察のみ)なども罹病して、糖尿病でも毎年のように入院しており、悪友連からは「病気のデパート」と揶揄されているほどです。

 ただ、趣味のゴルフ、ヘラ釣りなどは依然として頻度は減りましたが、79歳の現在も続行しています。
 今の厳寒時期、寒鮒釣りのために出水平野に沸く池まで(車で片道1時間40分ほど)毎週1回は通っています。
 4月~11月までは近くの30分ぐらいの東市来町の山奥の湖に行っていますが、冬期は山水が水源の湖は水温が冷たくて、魚が水底に張り付いて、餌を食べようとしません。動物の冬ごもりです。
 したがって、一日中竿を出していても、ウキはビクともしません。よって、釣りキチガイは遠くても出水の池まで出かけるのです。  出水平野は三方を高い山に囲まれており、鶴の飛来地である、「荒崎田圃」の近くに点在する池には湧き水(伏流水)が出ていて、湧き水は井戸水と同じで、冬で水温が10℃となっており、ヘラ君たちも活性化(動いている)ことで、餌も食ってくれる、つまり「釣りができる」のです。
 ちょうど1月から3月にかけては、出水には今年も14,000羽も飛来しているとのことですが、今はだんだん北帰行(シベリアへ帰る)の時期になっています。
出水の池に朝早くから出かけて竿を出してウキを見つめている釣り人ですが、竿先の上空を鶴一家(鶴は番いになれば、子供を含めて四六時中に家族一緒に行動している律儀な鳥だそうです)が北帰行に練習をしている風景(飛行隊形としてVの字になって家族集団で行う)が見られるには感動させられます。 一家の長でしょうが、クヮオ、クヮオと鳴き声(指示でしょうが)を放ちながらVの字隊形を整えようと懸命に飛んでいる有様は、けなげというかいとおしくなるほどです。
これらの鶴一家の見事な「舞い」を見られるのも、釣り人として、「至福の時」であります。

 そのほか、先に書きました郷土史、今は月一回ほどのゴルフ、クラッシック音楽、ヴァイオリニスト,川畠成道君の後援会活動、高校、大学時代に同期会のホーム・ページなどや自分のブログなどへの書き込みなど、糖尿病の療養に励みながら、これらの老人としての「生甲斐」で遊びながら、八十路を迎えようとしています。
 この1月の地元のゴルフ場でのシニア・コンぺでは参加者は41名だけでしたが、なんと思いもしなかったのですが、グロススコアは95で悪いのですが、ダブルぺりア方式で救われたのでしょうか、優勝しました。  ちょうど誕生日であり、当日二重の喜びを味えました。-

 あと、何年生きられるか、皆目わかりませんが、夫婦共々孫達の一段の成長を夢見ながら、何とか闘病を確実にこなして、たおやかな「一生」を終えれればと願っています。  帰郷して遊び呆けている約20年、そろそろ終活も考えなければと思っている自分です。
今の闘病目標は「人口透析」をいかに防げるか? 具体的には塩分の摂取量をいかに減らすかが大きな課題です。
先生はじめ、皆様のご指導、ご助言を切にお願いします。 お互いに頑張りましょう!!  (おわり)。



[59] 新春の御挨拶と「西郷どん」への思い。

投稿者: 本田 哲郎  投稿日:2019年 1月 5日(土)00時50分15秒 202.79.11.69  通報   返信・引用   編集済

 三九会の皆様、明けまして、おめでとうございます。
 明けて、箱根駅伝、期待をもって2日間、テレビ桟敷で母校チームの健闘ぶりを嬉しく拝見していました。
結果は、来年のシ―ド権にわずかに及ばずに、残念至極ではありましたが、予選会の成績からみれば、「良くがっばった」と「お疲れさん!!」と言葉をかけたい気持ちです。
 関東地区在住の有志の方々が、事前の激励会や、当日も現地に応援に出かけられた?、慰労会にも参加されておられる様子も拝見して、羨ましくも、ありがたい先輩たちでしたね?!
往年の雄姿を来年以降に託すことにいたしましょう。

 我々三九会メンバーも、八十路が近づく高年齢になりました。 今年は、年号も改められる年です、毎日を貴重なものとして、日々を新たに、人生の終焉を、それぞれの生甲斐をもって、たおやかに過ごしましょう!!

 ところで、昨年のNHK大河ドラマの「西郷どん」は大久保利通を含めて、明治維新150周年を記念しての放映でした。
 自分の地元出身の西郷隆盛が主人公のドラマでしたが、一昨年にNHKから林真理子原作、中園ミホ脚本と発表された時から、「これは(いとと愛加那の女物語)になるな?}と直感しました。
御存じのように、いろんな作家が「西郷隆盛」を主人公にした小説を書いていますが、折角NHKが「明治維新150周年記念番組」として電波に乗せるのであれば、今後の日本の在り方を含めて、「明治維新とは何だったのか?」を正面から問う番組になるかと期待していたのですが・・・・・。

 案の定、年間47回もの毎回の長時間番組も、西郷隆盛が2回も流された奄美や喜界ヶ島などでの流浪人生活を何週も時間を取ったり、島津斉彬公との出会いから、相撲を取ったとか、最終場面では妻のいとさんが西郷が「負けを宣言した」延岡まで出かけていることなど、およそ史実に無いことをドラマだということで、放映している姿は、地元人として、とても黙視に耐えられるものではありませんでした。
 自分としては、地元の硬派の作家である海音寺潮五郎原作の「西郷隆盛全集」は同じ小説にしても、誠に史実に即した描き方をしていると思っています。

 西郷が、なぜ島津斉彬公が「お庭役」として採用されたのか?、さらにその西郷が、斉彬の意向を受けて、どのような所や先生から、、どのようなことを学んだのか・? 、それらは西郷の「生き方」を大きく左右する基になったと思います。 さらに、明治維新に至るまでの詳細な過程や経緯、維新後の戊辰戦争(上野だけではなく、東北、北海道など)の有様、維新後、まだ体制が整はない間に、大久保や岩倉など政府の重鎮達が外国との不平等条約を改定するという目標や海外視察という要件もあったのでしょいうが、2年間も留守して、その間は西郷などに維新事業で最も困難な「廃藩置県」などに施策を任せたのか?、また、最後の内戦と言われた「西南戦争」の元になった「征韓論」に対する詳細な展開などなど、およそ、「西郷隆盛」という人間像を描くのに、最も肝心な部分の解釈とシナリオつくりが、不発であったと思わずにはおられません。

 NHKとしては、やはり視聴率や娯楽性、また全国的な大河ドラマ誘致運動を意識するあまり、「明治維新150年」をアッピールする必要があったのかもしれません。
 実は、「西郷どん」の放映が決まる前は、地元鹿児島では県知事はじめ関係各市長などは、最近とみに全国的に「戦国武将ブーム」とも言われているほどの人気となっており、その中でも薩摩の「島津一族」(島津日新公とその嫡子貴久、その子供達ー島津4兄弟など)を扱ってほしいと、NHK に陳情していたわけです。
それが、「明治維新150年記念」ということで、「西郷どん」とすることで、全国的にも地元も「納得」する方向に持って行ったとも言える結論であったようです。

 何はともあれ、このNHK大河ドラマ、一年中放映されることで、地元としては観光客誘致などで有効な「手段」ともいわれていることはご承知の通りであります。
したがって、各県、各地域では郷土の偉人や有名人を取り上げたドラマを採用されたいと、NHK詣が盛んになっているようです。

 今回の「西郷どん」もあくまでも小説であり、ドラマであると言えましょうが、一般の視聴者はやはり、近世の事案であり、「史実」と思って視ておられると思います。それだけに、今回の放映は、「篤姫」の時も感じましたが、余りに「作りごと」が多いと感じています。

 「西郷どん」が終わった段階で、地元の者として、少々、苦言を呈しました。



[58] 無念!!シード入りならず

投稿者: 生田直義 投稿日:2019年 1月 4日(金)20時35分48秒 ntchba428217.chba.nt.ngn.ppp.infoweb.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

三九会有志 箱根駅伝応援

1月3日 丸の内で箱根駅伝復路を応援しました。
残念ながら来年のシード権確保は出来なかったものの
次に繋がることを期待させる選手の頑張りでした。
私たちも後輩アスリートから元気をもらいました。
(写真は酒井総長・藤原監督、次期キャプテンの舟津さんと一緒です)

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[56] 訃報!! 39会常務理事、 又吉一成君、逝く。

投稿者: 本田 哲郎  投稿日:2018年11月26日(月)19時09分38秒 172085.146210.kansai-bb.com  通報   返信・引用   編集済

 本日(11/26),夕刻、三九会の常務理事であった又吉一成君が、去る11月20日に逝去して、今日、葬儀を終えて、無事、彼の御骨と共に、自宅に帰り着いたと彼の奥様様からの電話がありました。
 彼の遺言で、家族葬が終わってから、友人らに連絡を執るようにとのことであったそうで、「遅い連絡になりました。」とのことでありました。
ここに謹んで又吉君の在りし日を偲びながら、哀悼の心をささげたいと存じます。

 彼とは同じ大学から二人が同じ会社に入社した同期生でした。彼は皆さんご存知のように、現役学生時代から、中大バレー部が全日本はじめ五大タイトルを総なめするほどの活躍した頃の中心選手の一人でありました。その当時、オリンピック戦手としても木村、佐野、後年の横田選手などがいましたね?!
その後彼は、会社員生活を続けながら、母校のバレーボール部のコーチとして当時の橋本監督の下で、後輩を育てていました。  入社後、15年後ぐらい経って、お互いにその会社から離れましたが、その後も彼とは
交流を続けていました。    18年前に小生は、関東での職場生活終え鹿児島のふるさとに帰郷しましたが、ほぼ毎年のように上京する度に、同じ会社の仲間や先輩らを彼が集めてくれて、同じ頃の職場の仲間たちとの「集い」もやってくれました。  性格も豪快なスポーツマンでしたが、非常に細やかな配慮と仲間意識が旺盛な「いい男」でした.   ほんとに、「親友」として、得難い「同輩」でした。
 今年、4月、奥様から「不治の病」との知らせで、北里大学病院に駆けつけた時は、残念ながら彼は声帯も取られており、「筆談」での会話がやっとでした。
後年は39会の常務理事としても精励・活躍していましたし、総会などのパーティなどではよく中大節などを高らかに唄っていましたね?!

 こうして、小中学、高校、大学の同輩諸氏の訃報に接する機会が多くなる年代となりました。 自分もいつ逝ってもよいというように、残り少ない余生の「今」を有意義に、心おきなくすごしたいと思う昨今です。
                                             合掌。



[55] 「鹿児島古寺巡礼」の販売経過。

投稿者: 本田 哲郎  投稿日:2018年11月22日(木)01時55分26秒 157087.146210.kansai-bb.com  通報   返信・引用   編集済

 望月さん!!、 確かにこのバスガイドの台詞、聞いたことあります。
ほんとに楽しく「笑えます」ね?!   もう、我々の年代、この意気で楽しく余生を全うしましょうよ!!

 ところで、先だってこの欄で、ずうずうしくお願いいたしました川田青年の心意気に感動して、写真集を自費出版したことで、その在庫を引き受けたことにより、皆様にご案内いたしましたこの本の経過について申し述べます。

 去る10月10日に自宅宛てに届きました「鹿児島古寺巡礼」の段ボールの山が、皆様のご協力で、お陰様で11月10日現在、自分が課せられた予定部数、300冊がほぼすべてを皆様にお送りすることができました。
39会の方々にも申し込みをいただきました。 皆様、本当にありがとうございました。

 鹿児島をはじめとする三州や島津家などに馴染んでいる友人などには、最初はこの多くの在庫をどうしたものかと不安になり、多分に「押し付け」がましく、無理を承知で強引なお願いをした感じがしています。 ほんとにすみませんでした。
歴史愛好家の方々についても、今まで親しく交流させていただいた方々には勿論ご案内させていただだきましたが、、愛好家に方々が自らほかの友人・知人などに紹介いただき、お名前も存じ上げない方々から、ご注文を頂けるケースも多くなり、予想よりも意外に早く、販売を始めてから1ヶ月もたたないうちに予定数を完売できたこと、誠にありがたく、重ねて厚く御礼申し上げます。
中には、お一人で3冊、5冊も購入された方もおられ、また、再度追加のお申し込みなどもあり、当方としても、嬉しい日々がしばらくは続きました。  発送手続きに追われた最近の様子でありました。

 出版社として、出版の担保としての基礎数と言いますか、出版依頼者としての責務・負担として、在庫を持たされることはやむ得ないことと了解しての「在庫の引き受け」でしたが、このように皆様の多くの申し込みをいただき、販売できたこと、自分としても初めての経験でしたが、川田青年の意気に感じて勧めたことが、なんとか皆さんから好評の声を聴くことができて、自分としてホットしているところです。

 この写真集は単なる「写真」だけではなくて、島津宗本家をはじめとする島津家が三州統一した後の明治維新まで島津家一族の統治体制(島津家直轄と地頭制度による統治)のすべての23家の活躍の歴史の解説文、始祖から現在までの家系図、さらに略図(地図)なども合わせて掲載していることで、およそ島津一族を概括するには格好の「参考書」でもあり、皆様から、「これは使える!」と好評をいただいる次第であります。

 出版社へ経過を報告しましたところ、個人で1ヶ月で300冊も販売するとは!?とお褒めのことばが返ってきました。  さらにこれからも取り扱ってくれとの要請も受けています。 従いまして従前通りの条件でさらに追加や新たな申し込みも受けますので、今後はも出版社から取り寄せて、ご希望者へお送りいたします。
なお、一般書店でも定価1,800円(税別)で販売しています。



[54] 18歳対81歳 その違い

投稿者: 望月 富雄 投稿日:2018年11月20日(火)23時30分12秒 KD027095181076.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、先日76歳の観光バス女性添乗員から聞いたときに車内は爆笑の渦となりました。インターネットでも拾えますが少しだけ披露させてください、18歳と81歳の違いを。
  ①恋に溺れるのが18歳、風呂で溺れるのが81歳。②道路を暴走18歳、道路を逆走81歳。③心がもろい18歳、骨がもろい81歳。④偏差値が気になる18歳、血圧血糖値が気になる81歳。⑤まだ何も知らない18歳、もう何も覚えていない81歳。⑥自分探しをしている18歳、皆が自分を探している81歳。⑦東京オリンピックに出たいと思うのが18歳、東京オリンピックまで生きたいと思うのが81歳。
  あなたの81歳は??? 私の81歳は??? 楽しく笑って生きましょう!!!



[53] ノーベル賞受賞の大村博士と山中博士の対談と中大の目加田教授の論説

投稿者: 三科英訓  投稿日:2018年10月25日(木)18時32分19秒 k1029.katsunuma.ne.jp  通報   返信・引用

三九会のHP→リンク集→山三果実園のHP→「山梨大学大村智記念学術館」の項目→「大村博士と山中博士の対談」の順でクリックしていただくとノーベル医学生理学賞を受賞した大村智博士と山中伸弥博士の対談を視聴できます。
 学生時代、大村博士はスキーで山中博士はラクビーで肉体と精神を鍛えたこと。
 両博士とも他人と同じ分野の実験や研究をしないこと。
 実験や研究で失敗したことをそのままにしないで、その中身に疑問を持って追究して成果を得たこと。
などが語られています。
 他大学のことだけでなく、日曜朝8時6チャンネルの関口宏の「サンデーモーニング」でわが中大の目加田説子教授の可愛いらしい容貌の中から舌鋒火を噴く論説にいつも勇気をいただき、心から応援しています。

http://www.katsunuma.ne.jp/~mishinah/



[51] 「鹿児島古寺巡礼」の出版について。

投稿者: 本田 哲郎  投稿日:2018年10月 5日(金)18時00分0秒 122086.146210.kansai-bb.com  通報   返信・引用   編集済

 今朝、39会のHPを開けてみて、びっくり!!
旧知の数少ない友人の方々に、この度、島津一族の写真集を出版することになって、自費出版なので、在庫を抱えることになることで、ヤットコサ、不躾に何とか協力願い得ないだろうかとお手紙を差し上げました。
このHPなどに投稿・案内などは如何かと思いましたので、ごく一部の方々に送付した次第です。
 それをこのHPの編集に当たっておられる方が、いきなり、リンク欄を設けていただき、その欄を見てくださいとご親切に「談話室」の表紙に書いていただきました。 まことにありがたく、厚く御礼申し上げます。

 実は、小生関東地区での「出稼ぎ」を終えて、ふるさと鹿児島に帰郷して18年目を迎えています。
その帰郷時に先輩から、「お前さんのふるさとは歴史豊かな地域であり、島津一門家として活躍した武将が搬出している、 ついては、故郷の歴史を勉強しろ!!」との達示でありました。
それまで関東で会社勤めの働きバチではありましたが、郷土史などは勉強の機会すらありませんでした。
そこで、その後、歴史ボランティア団体(江戸時代から当地に存在した薩摩独特の「郷中教育」-先輩が後輩を鍛える社会教育システム)の「永吉南郷会」に入会して、以後副会長、会長職などを努めて来ました。
活動内容は、当地の礎を築いた永吉島津家領主などの代々の墓地や南郷城址などの史跡などを清掃管理しながら、地元青少年の健全育成に力を注ぐというボランティア団体です。
 そこでの歴史研究会などで学びながら、史跡の保存・管理などにお当たっているわけです。
ここ十数年前から「戦国武将ブーム」とも言うべき、特に若者がアニメや漫画などでこれらの歴史に触れることで、ヒーロー性のある「戦国武将」が人気になっています。
例えば、あの講談社から「センゴク」と全編戦国武将を扱った漫画本がなんと600万冊も発行されています。  このアニメや漫画本などから、歴史が好きになった「歴男歴女」が鹿児島の片田舎の永吉島津家の墓地などに「家久公、豊久公のお墓参りに来ました!!}と尋ねてくる方々がいることに、驚かされています。
 我々はこの地元の史蹟などを清掃管理を行いながら、来訪者へのアテンドに当たっています。
小生などは、今は来訪者に地元の史跡などの家系図や資料などをお渡ししながら、「語り部」として、史跡の案内などを行っています。

 そのような来訪者のなかに一人の青年がいて、彼は鹿児島県はじめ南九州の名跡や寺院跡などを丹念に撮影して、それを自分のブログに発表している川田達也という青年です。 当地にも何度も来てくれて、「知り合い」になりました。  非常にこまめに、しかもあらゆる名跡などを尋ねて撮影している彼の姿に感動して、いつか写真集にして世に出したらどうか?と彼に勧めてきました。
彼は京都府立大学を卒業していますが、学生時代から京都の古寺・史跡などをつぶさに訪ねて撮影していましたが、今はふるさとの鹿児島市に住んでおり、ふるさとの名跡などを尋ね歩いて、撮影して、自身のブログに発表しているのです。
先年来、彼も「乗り気」になって、より精力的に史跡を撮り続けて、島津一族の名跡はほぼ撮り終えました。
 そこで、今回出版の運びとなったのですが、出版社から、一般書店でも販売するが、基礎冊数は自費出版ということで費用を負担して、在庫を持ってもらいたい旨のことでした。
青年の地道な行為に感動して、出版を勧めた手前、小生も費用負担して、在庫を抱えることになりました。

 そこで、不躾のお願いですが、過ってからの鹿児島に関係があると思われる知人・友人をはじめとして、皆様にこの写真集のご案内をおい願いしたわけです。
 この写真集は、南九州を中心に700年以上にもわたって統治した島津家一族の名跡をすべて網羅した、今までにない画期的な写真集です。このように一武家で世界にもない長きにわたる統治ができたのは、島津一族のみであり、その存在も稀有のものであります。この秘密を知る上でも、島津家全貌の存在をご理解願える材料ともなりましょう。
 島津宗本家をはじめ、一門家(重富、加治木、垂水、今和泉島津家など)、一所持(日置、永吉、宮之城島津など)、一所持格(吉利ー小松家など)、別格の玉里島津家、 宮崎県の佐土原藩島津家などのすべての名跡を掲載しております。  これらにはすべての島津家の概説と略図を付してあります。
 鹿児島の歴史や島津一族家のことなどに関心のある方には、格好の参考書となりましょう。  本棚に並ばせていただき、必要な時、ひもといていただけらたらと存じます。
また、若い歴史愛好家の方々のお子様やお孫様や知り合いの若者達にとっては、史跡見学・訪問などの際は良いガイド・ブックになります。

 僭越ですが、もしご希望であれば、小生が在庫を抱えていますので、送料込み、税金込みの単価、1,500円にて郵送させていただきます。   一般の書店では定価1,800円(税別)とのことです。
申し込み方法は下記の通りに願い上げます。( ハガキ、電話、FAX、メールなどで、冊数を明記願います)

 住所 〒899-3221 鹿児島県日置市吹上町永吉5904-3    本田 哲郎
 電話(FAX共) 099-299-3542、 (携帯)090-6898-4817
 メール ; t15honda@ml.satsuma.ne.jp
 (参考) URL; iuk000008.blog44.fc2.com/     ( 中期高齢者の田舎人のタワゴト)

 お申し込みいただいた方へは10月中に郵送します。その折、振込先などもお示しします。
  どうぞよろしくご検討願い上げます。   このHPでご紹介いただき、感謝です。



[50] 第29回定例講演会「第二の人生を楽しむ会」

投稿者: 河口友彦  投稿日:2018年 9月12日(水)15時26分21秒 ntchba461169.chba.nt.ngn.ppp.infoweb.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

「地方自治に携わって28年」講師:沢邊瀞壱氏(法39)中央大学白門三九会常任委員

9月11日(火)5時30分より中央大学駿河台記念館で約1時間にわたり講演していただきました。
飯能市長を3期勤められ数々の地方自治に携わってこられました沢邊氏の生い立ちから第2の人生、そして現在に至るまで、微に入り細に渡り講演されました。感心させられたのは終始立ったっままでお話されたことでした。温厚なお人柄を伺わらせるお話しぶりに皆共鳴いたしました。
“大国を治むるは小鮮を煮るが如し”細かいことに口出しせずありのままに行うことが大事だとする教訓が印象に残りました。 第二の人生をこれからも楽しんで頂きたいと思います。
    (写真は生田直義氏提供)





[49] 感激ニュース関連、ご披露

投稿者: 河口友彦  投稿日:2018年 8月16日(木)09時20分41秒 ntchba461169.chba.nt.ngn.ppp.infoweb.ne.jp  通報   返信・引用

昨日は朝から明るいニュースで賑わいました。
藤本理希君2歳が行方不明になってから3日目の朝無事発見されましたね。このニュースに関連して市川在住の中学の同窓生で友人の友田徹君からメールが送られてきましたのでご披露させていただきます。友田君発見ボランティア活動で熊本に行ったときに尾畠さんと
お会いしたそうです。

『2歳児の発見ですっかり時の人となった尾畠春夫さんの写真送ります。一昨年熊本で一緒になった男です。この業界ではちょっとした著名人です。わたくしより一歳年長者です。大分県の日出町(ひじちょうと読みます)の人で10数年前に魚屋をたたんでボランティアに来ていると言っていました。「歳なのでもう肉体労働は出来ないので裏方をやってる」と道具の整理などが彼の仕事でした。雨で作業が中止になった日に半日その作業を手伝いました。「わたくしは土方上がりなので今回はブロック塀の解体だけをやっている」といったら 「大したものですね」と褒められました。
今日の報道ではこの後「呉市の床下の泥出しに行く」と言っていましたが多少見栄を張ったようです。
ぶっ壊れの軽自動車でどこまでも行くようです。  友田 徹   』


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