三九会談話室


カテゴリ:[ なんでもフリートーク ]


61件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[69] 55周年記念誌発行募集お願いの件

投稿者: 河口友彦  投稿日:2019年 8月 5日(月)17時24分17秒 ntchba287115.chba.nt.ngn.ppp.infoweb.ne.jp  通報   返信・引用

三九会報第38号で既にご承知の事と思いますが、趣味の絵画、書道、写真等の応募が未だ少ないので、この場を借りてお願いいたします。まだ期間はありますが、集中することも予想されます。早めのご応募をお待ちしております。
出来るだけメール(tomohiko.k@nifty.com)でお願いいたしますが、万一の時は郵送でも対応いたします。
〈〒274-0807 船橋市咲が丘2-6-6 河口友彦宛)    以上



[68] Re: 新しい懇親会スタイル

投稿者: 本田 哲郎  投稿日:2019年 6月27日(木)00時43分36秒 202.79.8.212  通報   返信・引用   編集済 > No.67[元記事へ]

> 今回の卒業55周年記念総会・懇親会では新しい試みがありました。今回の懇親会の参加者の座席はあいうえお順で決められていました。初めてお会いした方々もいらっしゃりいろいろな話を聞くことが出来て良かったです。恒例の「惜別の歌」、最初は右へ左への体の動きの同期がとれていたのに、曲が進むにつれ伴奏そっちのけの夢心地テンポが始まりあちこちでウェーブのようになり右左から引っ張られたり、よき日のバンカラ学生にもどったような楽しい時間でした。
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望月さん、河口さん、総会にご参加の皆さん!! 楽しい「集い」になりましたね?!柳田会長はじめ役員の方々のご尽力、さすがです!!  蓮池さんまでご登場していただき、大成功ですね?!
大いに盛り上がった事、おめでとうございます。

 地方に居て、まことに残念ですが、帰郷後は、できるだけ「用事」を溜めて上京して、三九会総会にも3回ほどは出席していますが、九州の隅っこであるだけに、毎年参加することができずに残念に思っています。
 来年は、我々にとっては2度目のオリンピックが東京地区を主に開催されますので、先だってのインターネットでの入場券申し込みを行ったところ、ほとんど落選でしたが、7月末の柔道(日本武道館)の券が当選しました。
これを機会に「お江戸参り」に行く予定ですが、三九会の開催日は、毎年6月ですね?、やはり何度も上京することは難しいですので、なかなか日程が調整できそうにもありません。
 それにしても、老いてますます盛んな「三九会」、総会・支部会活動を含めて、大いに楽しみましょう!!

 、



[67] 新しい懇親会スタイル

投稿者: 望月 富雄 投稿日:2019年 6月23日(日)17時30分3秒 KD027095181076.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

今回の卒業55周年記念総会・懇親会では新しい試みがありました。今回の懇親会の参加者の座席はあいうえお順で決められていました。望月は11番テーブルで宮地、宮島、持田、谷内口、山本、横山、渡辺の諸氏が一緒でした。初めてお会いした方々もいらっしゃりいろいろな話を聞くことが出来て良かったです。おしゃべりの中”バックグランドミュージックと思って聴いてくれればいいよ”とおっしゃっていた「室内アンサンブル・八重洲オッターバ」の演奏は選曲が良く爽やかで新鮮でした。恒例の「惜別の歌」、最初は右へ左への体の動きの同期がとれていたのに、曲が進むにつれ伴奏そっちのけの夢心地テンポが始まりあちこちでウェーブのようになり右左から引っ張られたり、よき日のバンカラ学生にもどったような楽しい時間でした。次はどんな事が起きるでしょう!楽しみです。ありがとうございました。



[66] 卒業55周年記念式典・祝賀会

投稿者: 河口友彦  投稿日:2019年 6月20日(木)09時43分55秒 ntchba376038.chba.nt.ngn.ppp.infoweb.ne.jp  通報   返信・引用

令和元年6月17日(月)「アルカディア市ヶ谷」にて開催されました。
出席は、会員93名、来賓15名合計108名と大盛会となりました。
第1部は(第24回定期総会)中山秀常任理事の司会で始まり、柳田晋次会長の挨拶の後、Ⅰ号議案から5号議案まで審議され全員の賛成で無事終了いたしました。(詳細はホームぺージの総会欄を参照してください。)
第2部記念講演会は拉致被害者で中央大学卒業の蓮池薫氏を講師に迎えました。
演題は「拉致24年の実態と拉致問題解決への道」と題して約一時間強の熱の籠った講演となりました。
今迄我々は拉致報道の断片しか知りえなかったのでしたが、蓮池氏の実体験は想像以上の内容でもって、全体像を教えてくれました。何と奇数な運命を体験されたことでしょう。現在、蓮池氏は新潟産業大学准教授として教鞭をとり、未帰還の拉致被害者の帰還活動をされ全国を巡ってお忙しい毎日を送られているようです。
55周年の記念講演に蓮池薫氏を迎えることが出来ましたことは、大変意義ある事だったと思います。
第3部は記念式典・祝賀会を開催。柳田会長の式辞に始まり、大学から大村雅彦理事長、学員会から久野修慈会長の祝辞を戴きました。お祝いに”夢心”の樽酒を用意、バックに「室内アンサンブル・八重洲オッターバ」の音楽演奏が流れ祝賀会に花を添えました。全国から集った会員の久しぶりの再会に時間の経つのも忘れ、最後に惜別の歌を3番まで合唱して散会となりました。



[65] Re: 近況 一病息災

投稿者: 本田 哲郎  投稿日:2019年 4月30日(火)12時26分21秒 202.79.9.85  通報   返信・引用   編集済 > No.64[元記事へ]

望月さんへ返信。

。思えば平成20年に死を覚悟し心臓大動脈弁置換手術を受けましたが牛の生体弁の保証は13年。でも良く働いています。まさに無病ならず一病息災!16年前から始めた趣味の競技ダンスは昇級後ほぼ毎日トレーニングを続けているにもかかわらず、一次予選敗退が続き年齢のことが頭を過ってしまいます。若者と同じヒートになると勝ちを譲っても仕方がないなと思いますが最近はそうでなくても敗退。私のダンスサークルで面倒を見ていた若い後輩にも見事追いつかれてしまいました。嬉しくもあり悔しくもあり。
> 競技に出るたびに思いますが競技に参加する高齢者の皆さんは本当に元気です。音楽に乗り踊る姿は溌溂として若者と変わりません。そして自分が健康で過ごせていることを思うとダンスと心臓に感謝の毎日です。

 ------------------------------------------------ 望月さん、競技ダンスとはすばらしい!! それも毎日トレーニングに励んでおられるとは!!
毎日、相当な運動量になりますね?!  これで大動脈弁置換手術をされた方とは?!

 競技ダンスとは、自分にとっては無縁のことですが、変わるがわるステキなご婦人と踊れるとは!!
ウッウと羨ましい!!
 過っての学生時代、当時、「ダンパー」と言って、大学祭の後など、ダンスパーティが華やかであったころ、学生寮で友人に誘われて、その「ダンパー」に行ったことがあります。 オソルオソル教わったブルースの初歩のステップをぎこちなく臆面もなく、相手をお願いして踊りました。
友人曰く「お前たちのダンスは木に止まっているセミのカップルだ!!」とやじられました。
小生は当時100kgを超える大柄で肥満体であったので、まさにおかしな「踊り」であったのでしょう。
その時以来、今までも一度も家内ともダンスしたこともない、ダンスには無知で、習おうとも考えたこともありません。  それだけ、今でも「拒否反応」をおぼえるほどです。
 流麗なダンス競技会などをテレビで拝見することもありますが、自分とは「別世界」の有様であると、羨望の眼で、見るだけです。

 それにしても、大動脈の大手術とは・・・・・・!!  小生の兄も1昨年ですか、心臓僧帽弁が不良で、一時、危篤状態までになりましたが、やがり、動物の生体弁を移植して、今ではすっかり丈夫になって、83歳ですが、なんだか最近ゴルフでエイジシュート(自分の年齢と同じグロススコアを記録する)まで達成するほど、回復しているようです。
 自分も脊柱管狭窄症で手術もしましたが、何とか今もゴルフもできることで、あとは先だっても書きましたが、運動ではありませんが今は週に2回ほどは山奥の湖で「ヘラブナ釣り」を楽しんでいます。

 望月さん、これからもダンスで見事なステップを踏みながら、大いに人生を楽しんでください。
お互いに、八十路に向けて、精進しましょう!!



[64] 近況 一病息災

投稿者: 望月 富雄 投稿日:2019年 4月29日(月)23時35分15秒 KD027095181076.ppp-bb.dion.ne.jp  通報   返信・引用

中村さん、本田さん、園田さん、
皆さん、お元気で何よりです。会報は届いたその日に全部読みました。訃報を見ても元気だった彼らの顔しか浮かびませんので不思議な気持ちになります。思えば平成20年に死を覚悟し心臓大動脈弁置換手術を受けましたが牛の生体弁の保証は13年。でも良く働いています。まさに無病ならず一病息災!16年前から始めた趣味の競技ダンスは昇級後ほぼ毎日トレーニングを続けているにもかかわらず、一次予選敗退が続き年齢のことが頭を過ってしまいます。若者と同じヒートになると勝ちを譲っても仕方がないなと思いますが最近はそうでなくても敗退。私のダンスサークルで面倒を見ていた若い後輩にも見事追いつかれてしまいました。嬉しくもあり悔しくもあり。
競技に出るたびに思いますが競技に参加する高齢者の皆さんは本当に元気です。音楽に乗り踊る姿は溌溂として若者と変わりません。そして自分が健康で過ごせていることを思うとダンスと心臓に感謝の毎日です。



[63] 会報38号発行

投稿者: 中村利夫(会報編集事務局) 投稿日:2019年 4月25日(木)07時33分58秒 61-24-135-62.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

平成最後の会報として、会報38号を4月中に皆様に届けるよう作業を進め、本(25)日に全国への発送の段となりました。卒業55周年記念総会(6月17日)のお知らせ、蓮池薫氏の記念講演、祝典・祝賀会の案内の他、「卒業55周年記念誌」(令和2年6月発行予定)に係る「原稿募集要項」も同封してあります。是非お楽しみに!



[62] 旧友との語らい。

投稿者: 本田 哲郎  投稿日:2019年 4月 6日(土)00時22分50秒 202.79.10.165  通報   返信・引用   編集済

 今日、4月5日、久しぶりに熊本市在住の同期生、園田浩幹氏から電話をいただいた。

 彼は相変わらず、地域の「有力者」として、学童保育・通学路安全確保指導・地域社会への諸々な関与など、今はさらに地方選挙など、いろいろと地域社会への貢献に勤しむほどに、元気に相変わらず溌剌として活躍しているようであります。  まったく、老いを見せない程の、あのだみ声とい言い、「元気の塊」であることは、いかにも彼らしい「生き方」を実践している姿が思いうかがえるのであります。

 時に、年号も「令和」と変わり、我々「三九会」のメンバーも、昭和・平成・令和と3代にわたって生きてきたことであるし、とりわけ、太平洋戦争(第二次世界大戦)を售憶えながら経験した、さらに戦後の混乱期を生き抜き、大学時代は「60年安保」という稀に見る国民世論が高揚した大事件を経験した世代でもあります。

 その我々が今や、ほとんどの同期生が仕事の第一線を離れ、今や「余生を享受」している年代となっている。 家庭的にも今や老人家庭を営み、子や孫などとの触れ合いを実感しながら、生きながらえているのが実情であります。
お互いに有り余る「余暇」を自分なりに工夫しながら「生甲斐」を求めていると信じたいものです。

 彼との電話では、お互いの「元気さ」を確認しながらも、やはり、「三九会」の活動状況の現状と同期生の動向が気になる二人の「会話」でした。
勿論今の役員の方々のご努力は大いに評価しながらも、一般会員の「三九会」への思いやその行動規範については、二人の会話も沈むがちでありました。

 園田君はご存知の通り、この「三九会」を創設し、初代会長として、我々同期生を鼓舞してこの「同期会組織」を通して、それぞれの団結と融和と交流を勧め乍ら、生甲斐を見出しながら、それぞれの地での「自分流ながらの「社会貢献」も視野に入れての同期会組織であると思っています。

 彼の指摘も、ひところの「意気に感ずる同窓意識もなくなり、同期会としてなんだか回顧主義的な動きしか目立たない事態に立ち至っている」とのことであり、小生が経験しているこの「談話室」でも問題提議のつもりで、社会的や趣味的な事に至るまで色々い書いているものの、皆さん読んではではおられると思えるが皆さんの反応もほとんどなく、会員の活発な交流などはなかなか生まれない現実に遭遇しているのが現状でありましょう。
書かれている内容が陳腐で興味もないということかもしれませんが、折角この「談話室」を創設してくれた同期生役員の方々の「思い」をそれこそ「忖度」すれば、ご自分の興味のある趣味や生き方や社会的な問題などへの感想や提議などは意識があれば、皆さん「参加できる」のではないでしょうか?!
「談話室」も一部の「スキモノ」が書いているだけと冷ややかに眺めているだけで良いのでしょうか?!
これが、あの学生時代、大事な授業を放棄して毎日のごとく国会へ請願デモを敢行した仲間たちかしら?と思いたくなるほど、我々は「大人になった」のでしょうか?!
この歳になると、何ににも「驚かない人」になったのでしょうしうか?! 過っての学生時代、彼のドイツ文学の高橋健二先生の授業(一般教養)で「文学とはオドロキである」と教えられた時の感激は未だに忘れていません。
 世の中の「事象」に、自分なりの関心と興味をもって、対処してゆこうという意識は今でも衰えていないと自覚しています。  人生「オドロキ」が亡くなってしまうことの恐ろしさほど、惨めなことはないと思っています。

 園田君とのヤリトリもこの点にしい扼されていて、三九会の活発な交流や意思の疎通などを通じて、お互いの人生を知り合い、自分なりの「生甲斐」を構築することこそ、楽しい「余生」ではないでしょうか?!

 皆さんの率直なご意見が伺われたら、嬉しいです。

 



[61] 多田周子さんコンサート

投稿者: 壽 英司  投稿日:2019年 2月27日(水)11時41分14秒 p2383124-ipngn200804osakachuo.osaka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

突然の談話室への書き込みで失礼致します。
私が後援会の会員として応援をしております、多田周子さんのコンサートが3月14日に銀座ヤマハホールで開催されます。童謡や叙情歌やオリジナル曲を中心に活躍しておられます。まだ席に少し余裕がありますので、関東在住の方でもしご興味のある方がいらっしゃれば、行っていただきたいと思い、投稿させていただきました。
パンフレットを添付しておりますので、直接お申込みいただくか、私の方に連絡していただいても結構です。
どうぞよろしくお願い致します。
(携帯:090-3621-4687)



[60] へラブナ釣りの楽しみ。

投稿者: 本田 哲郎  投稿日:2019年 2月 9日(土)11時08分25秒 202.79.8.14  通報   返信・引用   編集済

 本年最初の「新年のご挨拶」の書き込みがその後、2月になってもどなたも書き込みがなく、「棚ざらし」になっていますので、またもや、駄文を書きました。

 実はこの文章、小生が帰郷後、糖尿病でお世話になっている鹿児島市の糖尿病専門病院、天保山内科病院の病院・患者で組織する会報誌「松風」に寄稿した小生の「随想」の原稿をほぼ、そのまま転載しました。

 ここの鹿児島では「釣り」と言えば、ほとんどのファンはまずは「海釣り」であり、こちらでは「釣りは、魚を釣ってきて、それを料理して食べることである」との理解です。
へら釣りなどのように、「釣れればすぐリリースする釣り」とは、こちらではおよそ「変物」扱いされます。
帰郷後、ヘラ釣りを始めた頃は、「奇特な事をやる輩だ!」と 不思議がられました。
こちらではそれほど「ヘラ釣り」は釣り場も少ないし、釣り人も極端に少ないし、釣具店は多くありますが、まず「ヘラ釣り」の用具・用品などは一店も無く、少々の餌を置いてある店が一店あるだけです。
したがって、数少ないヘラ師は通常は餌や竿やその他の用品などはネットで購入せざる得ない「面倒さ」があるのです。 小生も上京の度には、関東の釣具店からこれらの用品やエサなどを買い込み、宅急便で送っている現状です。
 今日は関東在住時代からの趣味である、今の時期、難しい寒鮒の「ヘラ釣り」についての駄文をUPしました。こちらでのヘラ釣りは管理釣り場はなくて、すべて「野釣り」ですが、それだけに針に掛かった時は「引き」が強烈に強く、ヘラ釣りの醍醐味が味わえます。


(随想)     「ヘラブナ釣りの楽しみ」
                                      日置市   本田 哲郎
 初めての「松風」への投稿でありますので、自己紹介から申し述べます。
私の糖尿病歴は長く、はるか50歳ごろから発病して、それまで学生時代から約40数年関東地方に住み着き、出稼ぎ生活を続行していまして、あちらでも2回の「教育入院」をしましたが、当時は現役生活のためうまく療養できずに、当時の主治医の先生から転地療養を勧められ、思い切ってふるさと鹿児島に帰郷しました。
最初は地元の同期生の内科医がいましたので、彼に診てもらっていましたが、彼が逝去したことで、ある方の紹介で平成17年以後橋口先生を知り、以後、大変お世話になっています。
糖尿病歴30数年の猛者で、ここ天保山内科にも何回も入院させていただいている輩です。

 今日は、小生の趣味について書いてみます。
学生時代から身体も大きく、運動も好きで、特に野球、バレーボール、陸上競技など元々アウトドア派でありましたので、社会人になってからもゴルフとかヘラブナ釣りなどに凝っていました。 帰郷後も、糖尿病だけの時は、故郷が歴史豊かな土地柄であり、鹿児島国際大学の三木先生に「鹿児島県の歴史」講座を2年間聴講しながら、地元の歴史ボランティア団体の役員などに勤めました。今は地元史蹟の「語り部」として、戦国武将人気となっている島津一族のことなどの解説などをしております。
 その後、糖尿病のほかに、脊柱管狭窄症 (平成28年手術)、前立腺肥大症(平成30年手術)や狭心症(経過観察のみ)なども罹病して、糖尿病でも毎年のように入院しており、悪友連からは「病気のデパート」と揶揄されているほどです。

 ただ、趣味のゴルフ、ヘラ釣りなどは依然として頻度は減りましたが、79歳の現在も続行しています。
 今の厳寒時期、寒鮒釣りのために出水平野に沸く池まで(車で片道1時間40分ほど)毎週1回は通っています。
 4月~11月までは近くの30分ぐらいの東市来町の山奥の湖に行っていますが、冬期は山水が水源の湖は水温が冷たくて、魚が水底に張り付いて、餌を食べようとしません。動物の冬ごもりです。
 したがって、一日中竿を出していても、ウキはビクともしません。よって、釣りキチガイは遠くても出水の池まで出かけるのです。  出水平野は三方を高い山に囲まれており、鶴の飛来地である、「荒崎田圃」の近くに点在する池には湧き水(伏流水)が出ていて、湧き水は井戸水と同じで、冬で水温が10℃となっており、ヘラ君たちも活性化(動いている)ことで、餌も食ってくれる、つまり「釣りができる」のです。
 ちょうど1月から3月にかけては、出水には今年も14,000羽も飛来しているとのことですが、今はだんだん北帰行(シベリアへ帰る)の時期になっています。
出水の池に朝早くから出かけて竿を出してウキを見つめている釣り人ですが、竿先の上空を鶴一家(鶴は番いになれば、子供を含めて四六時中に家族一緒に行動している律儀な鳥だそうです)が北帰行に練習をしている風景(飛行隊形としてVの字になって家族集団で行う)が見られるには感動させられます。 一家の長でしょうが、クヮオ、クヮオと鳴き声(指示でしょうが)を放ちながらVの字隊形を整えようと懸命に飛んでいる有様は、けなげというかいとおしくなるほどです。
これらの鶴一家の見事な「舞い」を見られるのも、釣り人として、「至福の時」であります。

 そのほか、先に書きました郷土史、今は月一回ほどのゴルフ、クラッシック音楽、ヴァイオリニスト,川畠成道君の後援会活動、高校、大学時代に同期会のホーム・ページなどや自分のブログなどへの書き込みなど、糖尿病の療養に励みながら、これらの老人としての「生甲斐」で遊びながら、八十路を迎えようとしています。
 この1月の地元のゴルフ場でのシニア・コンぺでは参加者は41名だけでしたが、なんと思いもしなかったのですが、グロススコアは95で悪いのですが、ダブルぺりア方式で救われたのでしょうか、優勝しました。  ちょうど誕生日であり、当日二重の喜びを味えました。-

 あと、何年生きられるか、皆目わかりませんが、夫婦共々孫達の一段の成長を夢見ながら、何とか闘病を確実にこなして、たおやかな「一生」を終えれればと願っています。  帰郷して遊び呆けている約20年、そろそろ終活も考えなければと思っている自分です。
今の闘病目標は「人口透析」をいかに防げるか? 具体的には塩分の摂取量をいかに減らすかが大きな課題です。
先生はじめ、皆様のご指導、ご助言を切にお願いします。 お互いに頑張りましょう!!  (おわり)。


61件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。

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