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投稿者:こしの
投稿日:2008年 5月 6日(火)10時04分55秒
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「野を焼く」という季語が季語としての明るい解釈が日常受け入れがたい生活をしている者にとって野を「歩く」のではなく「焼く」というのはどうも、熱いです。手紙を焼くように熱いです。しかも野焼きを見たのではなく自ら野を焼いている。首より下を意識するときって、どこか身体上のシグナルを感じます。読み手によって感じ方がすごくちがうのに驚きました。四童さんの読みなら安心しました。私は葉月さんにもっと飴でもなめてもらおうかとおもっていましたよ。
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